芸能

須藤甚一郎の経歴まとめ!よくも悪しくも有名リポーター!好きか嫌いか?

芸能リポーターで有名だった須藤甚一郎さんが死去したニュースが飛び込んできました。
須藤甚一郎さんって誰?と思われる方も多いのではないですか。

いつの間にかテレビで見なくなったと思ってたら区議になって政治家になっていたんですね。

この記事では須藤甚一郎さんを知らない方、名前を知っていても詳しい経歴を知らない方でも経歴がわかるように、須藤甚一郎さんの経歴についてまとめました。

須藤甚一郎さん死去の報道内容

須藤甚一郎さん死去のの報道内容を確認しましょう。

芸能リポーターで、現職目黒区議の須藤甚一郎氏(すどう・じんいちろう)が、今月11日に多臓器不全のため死去していたことが、13日分かった。81歳だった。東京・世田谷区の公益社用賀会館で18日に通夜、19日に葬儀が営まれる予定。喪主は長男の健太郎さんが務める。

「女性自身」などの記者から芸能リポーターに転身。テレビ朝日系「アフタヌーンショー」、日本テレビ系「ルックルックこんにちは」などで活躍。歯に衣着せぬ発言が話題を呼んだ。

99年には目黒区議選に立候補し初当選。2003年、07年、11年、15年にもトップ当選していた。昨年も目黒区議会選挙にも無所属で立候補し、6選目を果たしていた。現職で夢半ばの訃報となった。

2004年4月には、東京都目黒区長選で初当選した元民主党都議の青木英二区長の議員歴を詐称を須藤氏が指摘。公選法違反容疑の告発状を目黒署に提出し、ワイドショーで鍛えた追求能力を存分に発揮していた。

要約すると、

・2020年8月11日に須藤甚一郎さんが死去

・死去の原因は、多臓器不全

・芸能リポーター引退して区議として活動していた

須藤甚一郎さんの記憶ははるか昔の人のように思い出しますが、81歳で区議で活躍されていたとは知りませんでした。
好き、嫌いが大きく分かれる芸能リポ-ターをされていたので、よくテレビで見ていましたが、最近はテレビで見ることもなかったので、知らない方も多いはずです。

須藤甚一郎の経歴まとめ

須藤甚一郎さんの経歴をまとめましたので、初めてって方も昔を知っている方もご覧ください。

須藤甚一郎の経歴

生年月日 : 1939年1月27日(2020年8月 享年81歳)
生まれ  : 東京・板橋区。
学歴   : 早大第二政経学部卒業

職歴

記者 :女性週刊誌 『女性自身』 (光文社)、『微笑』 (祥伝社)

芸能リポーター

1978年(昭和53年)から1985年(昭和60年)

テレビ朝日『アフタヌーンショー』

フジテレビ『おはよう!ナイスデイ』

日本テレビ『ルックルックこんにちは』

政治

1999年から東京都目黒区議会議員
2019年6期目の当選をする。

芸能リポーターとしての実績が有名で、情報番組の立役者と言ってもいいほどの存在感でした。
色んな事件でガツガツ、そしてグイグイとしたリポーターだったので、色々と嫌われたり、恨まれたりすることも多く、その反面人気もありました。

須藤甚一郎さんの話すテンポは軽快で、聞きやすくて、情報量もすごかったことを思い出します。

須藤甚一郎は好きか嫌いか?

このような投稿のようにかなり批判もされていました。
芸能リポーターという職業なので、仕方ないことなのかもしれませんが、自分の使命として真実を世間に知らせないといけないということで、聞きにくいこともズバズバ聞いていた印象です。

アフタヌーンショーをよく見ていましたが、「そこまでしつこくしなくても・・・」という場面も多くありましたね。

そんな好き嫌いがはっきりと分かれる方だったので、家族も色んな場面で大変だったのではないでしょうか。
子供は肩身の狭い思いをしたと思いますが、大人になって父親の偉大さに気づいたのではないでしょうか。

人生をダメにされた方もいるようなので、芸能リポーターが決して良い職業だとは思いませんが、そんな経験もされてか、区議で都民へ恩返しのように活躍されていました。

目黒区の議員として何度もトップ当選されてます。

須藤甚一郎さん死去のネットの反応

須藤甚一郎さん死去について、ネットの反応はどうでしょうか。

須藤甚一郎さん死去のまとめ

須藤甚一郎さん死去をまとめると、

・2020年8月11日 81歳で死去
・芸能リポーターで活躍し目黒区議会議員として活躍
・好き、嫌いがはっきりと分かれる
・SNSではあまり良い印象を受けていない様子。
・議員としてはしっかりと筋の通った議員であった。